HOME

武人(ぶじん)ちゃんとは

群馬県太田市出土の武人埴輪を元にしたゆるキャラです。
グッズの販売や地域の紹介などもしていきます。
日本正史の古事記・日本書紀の謎解きと、おとぎ話のファンタジーの両方が楽しめる、古代ロマン(センスオブワンダー sense of wonder)のものがたりです。

SNSをフォローしてね!

武人ちゃんぬりえキャンペーン

うちわに色を塗って景品を当てよう!
平成30年8月31日まで

うちわに色を塗って、Twitterかinstagramに「#武人ちゃんぬりえ」のタグを付けて、画像を投稿してください。
抽選で「武人ちゃんフィギュア」をプレゼントします。
※抽選は、30年7月31日、8月15日、8月31日の三回行います。
※当選者にはDMおよびこのサイトで発表します。
※当選した投稿の画像は武人ちゃんの宣伝のために使わせていただきます。
※うちわを配ってくださる店舗を募集しています。店舗はこのサイトで紹介させていただきます。

[うちわを配布しているお店]

(五十音順、在庫が切れている場合があります)
イエロームング (カフェ/ラップサンド)
群馬県太田市東本町21-29

花紋 (居酒屋/和風)
群馬県太田市新井町377-16

サン工房写 (写真館)
群馬県太田市本町37-4

まつぼっくる (カフェ/お弁当)
群馬県太田市東本町58-12

大衆食堂 昭和レトロ居酒屋 わっしょい (居酒屋/和風)
群馬県太田市東本町17-6


武人ちゃんを知る3つの入り口

approach for BUJINCHAN

挂甲(けいこう)武人埴輪(ぶじんはにわ)

Ancient cray “haniwa” warrior

群馬県太田市飯塚町から出土した武装した人物の埴輪です。全国の埴輪のうち唯一国宝に指定されていて、切手にもなりました。
右手を大刀にかけ、左手に弓を持ち、背中には矢を入れる(ゆき)を背負っています。挂甲(けいこう)とは、小さな板を紐などでつなぎ合わせた鎧を指します。
埴輪は、古代の豪族の墓として作られた古墳の周囲に置かれた陶器です。壺に似た円筒埴輪や人物や動物・家などの形象埴輪があります。世界中でも類をみない精巧さと多様さを誇り、当時の暮らしを知ることができます。

群馬県太田市休泊行政センター

200円切手(〜2014/3まで)


失われた4世紀

The lost 4th century mistery Japan

中国の史書で、266年(卑弥呼朝貢)から413年(倭の五王)までの間記載がなく、外部検証できない4世紀前後約150年間のことを指します。
古事記や日本書紀の記述、地名、古墳や埴輪ほかの出土品などの資料から、諸説入り乱れるミステリーの時代です。
九州・西日本・東日本の各地で出土品の特徴が異なります。古事記・日本書紀の記述と各地の伝承が異なったり符号しているものがあります。また、発掘調査や近代的な原子測定や透視測定などから解明が進んでいます。

日本 半島 中国 中東 ヨーロッパ
後1世紀 弥生時代 後漢 ローマ ローマ
2世紀 三韓
3世紀 古墳時代 魏/呉/蜀 ペルシャ
4世紀 (謎の4世紀) 新羅/百済/高句麗 (戦国)
5世紀 東ローマ
6世紀 飛鳥時代 新羅
7世紀 奈良時代

古墳時代までは「倭国」、以降は「日本」となりました。倭国としては朝鮮半島の百済を応援していましたが、”白村江の戦い”を経て新羅が半島を制圧しました。
当時からシルクロードの原型が存在し、中東やインド等の文化の影響もある説があります。
聖徳太子の飛鳥時代の頃から仏教が伝来し服装や文化などが大幅に変わることになります。


東国(とうごく)

Eastern provinces Ancient Japan

昔の関東地方を東国と呼びます。弥生時代は水が豊富すぎて住むのに適しませんでしたが、古墳時代に治水技術が発達し稲作とともに人口が増えました。
群馬県は奈良時代以降の呼び方で、その前は上野国(こうづけ/かみつけ)と呼ばれていました。
大陸や半島などから渡来人が多く住み着き、加工技術や文化などの経済が発展し豊かになりました。
豪族間の争いはありましたが、西日本の大和(ヤマト)朝廷とはそれぞれに外交をして過ごしていました。大化の改新以降は国家体制に組み込まれていきますが、後に荒くれな東国武将が生まれることになります。

浅間山や榛名山がたびたび噴火しました。ふもとの放牧地では馬や牛が多くいました。
利根川は荒川とともに直接東京湾に流れていました。いまの霞ヶ浦は鬼怒川を元とする香取海という大きな水源でした。主な交通は川や海が利用され、大陸や半島まで広く交流していました。